日記

作曲家と編曲家

作曲と編曲という文字を並べて見た時に、どうやら多くの人は、

「編曲よりも作曲のほうがすごい。」

という印象を感じるようです。

「作曲は値段が高くて、編曲は値段が安いのでしょう?」

とおっしゃる方もいるくらいです。

ふたつの内容を具体的に調べてみますと、
以下のようなことが言えるでしょう。

【作曲】
ある特性を持ったメロディーラインを思いつく
音楽に関するイメージやアイディアを思いつく

【編曲】
メロディー、リズム、ハーモニーの音楽三大要素を使って音楽を
設計し、それを「楽譜」もしくは「音源」という現物に創造する

上記を見てお分かりの通り、作曲は単なる「思いつき」です。
これだけでは音楽にはなりません。
「人さまの耳に聞こえるかたち」にしなければ
音楽は宙を舞う夢のようなものでお終いです。
「耳に聞こえるかたち」にするのが編曲という作業です。

つまり、世の中で「作曲家」という職業で生きている人は、
作曲も編曲も両方やっていることになります。
頭の中に浮かんだイメージを、楽譜か音源のどちらか(もしくは
その両方)に作成できる人のことです。

ちょっと乱暴な言い方をしますと、作曲は誰でもできます。
散歩をしている時に、美しい旋律がふと頭に浮かべば、
その瞬間にもう作曲をしたことになります。
こんな音楽があったらいいな、と妄想した瞬間に、
その人は作曲をしたことになります。

しかし、それを自分以外の誰かに伝えようとした時に、
自分の頭の中を切り開いて見せるわけにはいきませんし、
言葉であれこれと説明をしても伝わるわけはありませんので、
「音楽というかたち」にする必要が出てきます。

頭に浮かんだメロディーやイメージが生きるような楽器編成、
調性、テンポ、音の積み重ね方、ドラマチックな構成、
美しい譜面の書法、美しい音源の制作技術など、
音楽をかたちにしていくのが編曲という作業になります。

また、作曲家を職業とする時には、
先ほど「誰にでもできます」と書いたようなことを、
提示された期限内に、提示された数量のものを、
提示された要求以上の質で生み出せなければいけません。

「いいメロディーがなかなかおりてこないので、
 締め切りを1か月伸ばしてください。」

などとは言ってはいけないわけです(笑)。

つまり、妄想を期限内に決められた数量生み出すことができ、
なおかつそれをかたちにする技術がなければいけません。

皆さんよくご存知のある歌手の大御所さんは、
作曲もご自身でしますが、
それは、鼻歌をカセットテープに吹き込むだけだそうです。
この「鼻歌が吹き込まれたカセットテープ」が、
その方の作った「音源」ということになります。
この音源のままではレコードは出せませんので、
別の方(ご自身よりも編曲技術に優れた方)に依頼して
音楽をかたちにします。

つまり作曲家には以下の2種類あることになります。

◆作曲と編曲のできる作曲家
◆作曲部分だけをして編曲部分は他人に頼る作曲家

これは音楽だからかろうじて成り立っていることです。
もしも絵描きさんの場合だったらどうでしょう。

「美しいイメージを持っている。でも絵は描けません。」

という人が果たして画家と呼べるでしょうか。
真っ白な画用紙を前にして恍惚の表情を浮かべていただけでは、
誰にもその絵は見えません。
自分で絵筆を走らせる以外に術はないのです。

ですので作曲家も、画家の方を見習って、
もっと自分の編曲スキル(楽譜制作能力、音源制作能力)を
磨かなければいけませんね。

作曲家・株式会社サウンドジュエルデザイナーズ 代表取締役/青森県出身・横浜市在住/映画音楽、テレビやCMの音楽、歌、舞台音楽など、幅広い色彩の音楽を、繊細な音楽表現で描いています。主な作品は、映画『校庭に東風吹いて』、『ひまわり 沖縄は忘れない あの日の空を』、『アンダンテ 稲の旋律』、テレビアニメ『アスタロッテのおもちゃ!』など。特技は、集中力が長時間持続すること。好きなものは、美しいもの、映画、本、マカロン、チョコレート、高い所。好きな言葉は、「芸術家は弱者の味方である」。ドストエフスキー、太宰治、寺山修司、芥川龍之介、江戸川乱歩、夢野久作などを愛読しています。