日記

喧嘩をしても誰も悪くはない

仕事仲間との喧嘩や夫婦喧嘩などは、
誰が悪いかというのは言えないものです。

職場でも家庭でも、あるひとつのコミュニティに属したなら、
そこに集う人たちは、ひとつの目標に向かって、
たとえば職場なら、良い仕事の完成をみんなで目指すとか、
たとえば家庭なら、幸せな家族になりたいとか、
そういう共通の目標があるはずなのですから、
それを共に目指している限りみんな「同志」なのです。

しかしそれを目指している途中でなぜか喧嘩が起きますね。
そして、ひとつの小さな喧嘩の種が、
皮下出血のようにいつまでもいつまでも消えずに残って、
だんだん大きくなってきます。
やがてそれは大きな火となって、人と人の関係を壊します。

誰も悪くはないのに、
どうしてこんなことになってしまうのでしょう。

たとえば、夫婦なら男女の違いがあります。
同じ「家庭の幸せ」を追求するにしても、男には男のやり方、
女には女のやり方があり、それはお互いに永遠に理解し得ない
ものです。(理解したふりはできても根本的には分かり合えない
でしょう。)

仕事の現場ではそれがさらに複雑になりますね。
男女の違いはもちろんのこと、仕事をする人はそれぞれに
自分なりの流儀を持っていてそれがみんな違うからです。

喧嘩が起こった時に、お互いに感情的にならずに、
まずは「共通の目標」を今もしっかり持てているかを
調べてみましょう。胸に手を当てて。

そして、「共通の目標」を持てなくなってしまったのであれば、
その人はそのコミュニティを抜けなくてはいけません。
家庭なら離婚、仕事なら離職です。

「共通の目標」を持っていることを確認し、
それでも喧嘩は起きたのですから、そうなると
「やり方の違い」ということになります。
異なる流儀をお互いに認め合うことが必要になりますね。

同じ山頂を目指すにしても、違う道を歩いたっていいでしょう。
お互いに声を掛け合い、励まし合いながらそれぞれの道を歩き、
山の上で喜びを分かち合えれば良いのです。

「この人とわたしは同じ目標を持っている」

ということと、

「人には人のやり方がある」

ということを再認識できれば問題はなにもありません。

また、喧嘩をしても、それはその共通の目標を実現するために
お互いにとって、とても有益なものとなるでしょう。

作曲家・株式会社サウンドジュエルデザイナーズ 代表取締役/青森県出身・横浜市在住/映画音楽、テレビやCMの音楽、歌、舞台音楽など、幅広い色彩の音楽を、繊細な音楽表現で描いています。主な作品は、映画『校庭に東風吹いて』、『ひまわり 沖縄は忘れない あの日の空を』、『アンダンテ 稲の旋律』、テレビアニメ『アスタロッテのおもちゃ!』など。特技は、集中力が長時間持続すること。好きなものは、美しいもの、映画、本、マカロン、チョコレート、高い所。好きな言葉は、「芸術家は弱者の味方である」。ドストエフスキー、太宰治、寺山修司、芥川龍之介、江戸川乱歩、夢野久作などを愛読しています。