日記

幸運の波と不運の波

どんな人の人生にも波があり、良い時もあれば悪い時もあり、
それはまるで水の上に落ちた木の葉のように、自分ではどうにも
できなくて、ただ流れに身を任せて揺れるしかありません。

僕は占いや運勢判断などはまったく信じないのですが、
人生の浮き沈みの波は確かに存在すると実感しています。

「あの人は今、乗っているね。」

というように、何か上手くいっている人のことを波乗りに喩えて
言うことがありますが、良いことや悪いことは、
まばらに起きるのではなく、一定期間に集まって、
ひとつのかたまりとなって発生する性質があるように思います。

つまり、上手くいっている人(乗っている人)というのは、
その期間は何をやっても上手くいくのです。
しかし、いったんその逆波が始まってしまえば、
もうそこから逃れることはできません。
何をやってもうまくいかない期間の始まりです。

「禍福は糾える縄の如し」

という故事もありますし、(幸せと不幸せは縄のように交互に
やってくるものであるという意。)

「人間万事塞翁が馬」

とう言葉もあります。(幸福や不幸は予想できないという意。)

乗っている、幸運の女神が微笑んでいる、呪われている、
悪霊が憑いている、バイオリズムなど、幸運や不運を表す言い方
はたくさんありますが、僕はその波、そのリズム、その周期は、
「その人自身の心が作り出している」と思っています。

たとえば、ある小さな幸せが偶然に発生します。
それは本当に些細な、小さな幸せです。
しかし、その小さな幸せがその人の心に心地良さをもたらし、
人間は誰でも「褒められて育つ子」なわけですから、
気分が良くなれば自然と行動が良い方向へと向かいます。
良い行動が生み出す結果は良いと決まっていますから、
それが次のもう少し大きな幸せを運んできます。
そうやって雪だるまのように幸運が大きくなっていきます。

逆もまた然りで、小さな不運に心が乱され、行動が悪となり、
やがて大きな破滅を迎えてしまいます。

これらは人間であれば誰の身にも平等に起こる
自然界の法則のようなものですね。

それでは、成功する人とそうでない人、幸運な人と不運な人に、
どうして分かれてしまうのでしょう。

それは、上手くいっている時に、その幸運の波に乗りながら、
次のことを考えることができるかどうかの違いだけです。
いつかその幸運の波が終わり、不運の波がやってくることを
覚悟して、そのための準備をすることができるかどうかです。

作曲家・株式会社サウンドジュエルデザイナーズ 代表取締役/青森県出身・横浜市在住/映画音楽、テレビやCMの音楽、歌、舞台音楽など、幅広い色彩の音楽を、繊細な音楽表現で描いています。主な作品は、映画『校庭に東風吹いて』、『ひまわり 沖縄は忘れない あの日の空を』、『アンダンテ 稲の旋律』、テレビアニメ『アスタロッテのおもちゃ!』など。特技は、集中力が長時間持続すること。好きなものは、美しいもの、映画、本、マカロン、チョコレート、高い所。好きな言葉は、「芸術家は弱者の味方である」。ドストエフスキー、太宰治、寺山修司、芥川龍之介、江戸川乱歩、夢野久作などを愛読しています。