日記

後悔や罪悪感は人間の証明

「誰も見ていないと思っても、お天道様が見ているよ。」

という風に言われますが、この場合の「お天道様」は、
神様や仏様などではなく「自分自身」のことであると
最近気が付きました。

人間が感じる苦しい想いの中で、もっとも絶望的で、
取り返しがつかなく、根が深い痛みを伴うものは、
「罪悪感」なのではないでしょうか。

誰かに傷付けられたことよりも誰かを気付けたことのほうが
いつまでも心に残って頭を離れないものです。

心の中のしこりのようなその陰鬱さが行動にも影響を及ぼし、
結果、「良くない行動→良くない結果」を導くことになります。

つまり、誰にも見られずに行った悪行であっても、
巡り巡って自分の行動を負の方向に引きずってしまうのですね。

ドストエフスキーの『罪と罰』でも、
このテーマが描かれていますね。
人間は、罪の意識によって自らを罰してしまうのです。

極悪非道の限りを尽くしても、悪びれることなく、
あっけらかんとしているような人間がたまにいますが、
このような人間は、幸せに暮らせるものです。
なぜなら、「罪の意識」で自分を苦しめることがないからです。
そのせいで行動に支障をきたすようなことがなく、
また何度でも悪いことを平然と行います。

しかし、「後悔を感じる」という人間の根本的な要素に
欠けていますので、「人間ではない」と言えるでしょう。

作曲家・株式会社サウンドジュエルデザイナーズ 代表取締役/青森県出身・横浜市在住/映画音楽、テレビやCMの音楽、歌、舞台音楽など、幅広い色彩の音楽を、繊細な音楽表現で描いています。主な作品は、映画『校庭に東風吹いて』、『ひまわり 沖縄は忘れない あの日の空を』、『アンダンテ 稲の旋律』、テレビアニメ『アスタロッテのおもちゃ!』など。特技は、集中力が長時間持続すること。好きなものは、美しいもの、映画、本、マカロン、チョコレート、高い所。好きな言葉は、「芸術家は弱者の味方である」。ドストエフスキー、太宰治、寺山修司、芥川龍之介、江戸川乱歩、夢野久作などを愛読しています。