思い出というものは人間にとって、
もっとも貴重な宝物であると言えるでしょう。
「人はいつか最愛の人と別れなければならない」
という言葉がありますが、どんな人とのあいだにも、
いつか必ず別れが訪れますね。
その人との別れそのものが悲しいのではなく、
その人と共有していた過去が、思い出に変わってしまうことが
人を寂しくさせるのでしょうね。
しかし、その瞬間を越えてしばらく時間が経つと、
その思い出たちが再び色を取り戻し、輝き始めます。
そして、生き残った人のこれからを照らす光になります。
たとえば僕は大好きなおばあちゃんを亡くしましたが、
もう高齢でしたので、それは自然の成り行きで、
別れそのものに対する大きな悲しみはありませんでした。
それよりも、おばあちゃんとの過去が、
とうとう思い出になってしまったのだと気付いて、
寂しい気持ちを感じました。
しかし、しばらくしたらその寂しさは、
優しくて美しい、嬉しいような気持ちに変化してきたのです。
まだとても幼かった頃、長袖の服を二つ重ねて着る時に、
二つめの服を着ようとすると、一つめの服の袖が中でまくれて
腕まくりをした半袖のようになってしまうのが気持ち悪く、
どうしようもない不快感に苦しんでいた時に、おばあちゃんが
「二つめを着る時は、一つめの袖を握りながら、
腕を通すといいんだよ。」
と教えてくれました。
こんなこともできない、気付かない、子供だった頃の話です。
僕は今でもこの時のことを、長袖の服を着る度に思い出します。
おばあちゃんは僕の暮らしの中でずっと生きているのです。