日記

村八分の残りの二分

「村八分」という言葉は、ある集団において、関係を断絶、
仲間外れにすることを意味して使われますね。

そのマイナスなイメージばかり印象付けられますが、
「八分」ということは、残りの「二分」があるはずで、
その「二分」においては「仲間外れにしない」ということです。

そして、その「二分」というのは、
「お葬式」と「火事」だそうで、表向きは、

「放置すると他の人間に迷惑のかかることだから」

ということだそうですが、僕はそこに、疎外の対象者に対しても
その人が極限の状態にある時には手を貸そうという
日本人らしい優しさを感じる(感じたい)のです。

事実、お葬式に関しては、

「死んでしまえば、生きた人間は裁くことができないという
 思想によるものである」

という見方もあり、死んだ人間が生前どんな人であったとしても
その命の終わりを弔いたいという気持ちがあるのだと思います。

ちなみに、本来みんなで助け合う、世話をし合うとされる
「八分」は何かと言いますと、「成人式、結婚式、出産、
病気の世話、新改築の手伝い、水害時の世話、年忌法要、
旅行」だそうで、先に書いた「二分」と比較すると、
人間を極限まで追い込むような種類のものではないことが
分かります。

むかしの日本人は、たとえ相手がどんな悪人であったとしても
人を極限まで追いつめて息の根を止めるようなことはせず、
そのような性質を持っている日本人として生まれて、
嬉しく、誇らしく思う反面、

「その八分においてさえ、助け合えない、世話をし合えない」

そんな関係の希薄さが、特に都会において
顕著になっているところがむしろ気になります。

作曲家・株式会社サウンドジュエルデザイナーズ 代表取締役/青森県出身・横浜市在住/映画音楽、テレビやCMの音楽、歌、舞台音楽など、幅広い色彩の音楽を、繊細な音楽表現で描いています。主な作品は、映画『校庭に東風吹いて』、『ひまわり 沖縄は忘れない あの日の空を』、『アンダンテ 稲の旋律』、テレビアニメ『アスタロッテのおもちゃ!』など。特技は、集中力が長時間持続すること。好きなものは、美しいもの、映画、本、マカロン、チョコレート、高い所。好きな言葉は、「芸術家は弱者の味方である」。ドストエフスキー、太宰治、寺山修司、芥川龍之介、江戸川乱歩、夢野久作などを愛読しています。